どたんば異動きた

おほっほー。異動ワロタ。おれしんだ。orz
毎日10時残業。脳のキャパオーバーでテンパっていますですです。後任は前の職場の先輩…すげえこええ。おっほっほー。

食べにいった

たくさん食べた。仕事の異動の内示が出て異動が無かったので少し気分がほっとした。まあ仕事が変るかもしれないからまだ安心できないから気を引き締めないと。今日は仕事でミスしてしまった。反省。

この花も雪割草です。同じ種なのにいろんな種類があってほんと素晴らしい。

雪割草

今日は雪割草の展示会に行ってきました。写真をとりまくりました。冬場の鬱積した感情が爆発だ!1年分の投稿分くらいあるかもw

というわけで当分(というかずっと)、雪割草の投稿が続きます。

握った雪は綺麗で聖女ヴェロニカの草が待ち遠しい

握った雪は綺麗で聖女ヴェロニカの草が待ち遠しい
なんとなく雪を握り締めてみました。キラキラしてきれいだった!

またまた久しぶりの更新です。こっちは雪がまだまだいっぱいあります。もうね、おそろしいくらい。でもだいぶ融けてきたなー。このまえなんか少し気温が上がったせいで霧っぽい蒸気がそれこそ平原いっぱいの雪からもうもうと立ち上って、それは不思議な情景でした。晴れているのに霧!みたいな。

明後日から毎日残業します。9時か9時半くらいまで。いつもほとんど残業しないので、すごく気が重い・・・4月から異動するかは知らんけど、もし異動したとしても負の遺産を後の人に残さないように、できるだけ3月のうちに仕事を片付けてしまおうと思います。さあ、後は残業代の予算が持つかだけど。まあ、なんとかなるだろ。でも、残業代出ないなら仕事なんかしない。社畜じゃないのでいちおうへぼいがわたしはプロなんだ!と、なに言ってんだか…

オカルトなんですが、なんか気分が乗らなくて…今まで忙しかったわけじゃないんですが、なんなんだろうね。リアルに満足してんのか。まあ、人間努力するにも動機がいるということに気付きました。人間が努力するためには、エサで釣るか、劣等感を刺激するかしかないと思います。後は、無私の心かな。ただし、無私の心で努力するに値するような物事は今の世の中に果たしてどれほどあるのでしょうかね。

それでは次の更新がいつになるかは分かりませんが、アデュー/
陽春の春風になでられつつ、ぽかぽかの日差しを浴びて輝く小さな青い花。「聖女ヴェロニカの草」が咲くまでには。

聖女ヴェロニカは画家や写真家の守護聖人。ゴルゴダの丘を行く、キリストにハンカチを差し出した老婦人といわれます。そのハンカチにはキリストの血で像が写り、また流れ落ちた血はこの青く小さな花もぬらし今でもキリストの面影を残すとの事。わたしは、この小さな花が小さいときからとても好きです。好きなんですが、この花の日本の名称はオオイヌフグリという…少し美しくない。名前をつけた人ひどいです。

春になったら写真に撮りたいなー。では本当にしばしのお別れです。さいなら/

きみとぼく

きみとぼく
かなり久しぶりの更新。謝ったりしないんだから!クリスマスローズという花の展覧会にいってきました。素朴でいい感じ。でも日本だと育てるのは難しいだろうな。


最近はなんか停滞気味です。なので書くことも無かったのです。これから少しずつ暖かくなります。体温調整に気をつけないといけませんね。風邪をひかないように。
閲覧してくれてる方ありがとう。そしてごめんなさい。気負ってるわけでもないし、そんな責任感はありもしないんですが。やはり、他の方のブログを見てみて更新されていないと寂しい気分になるので。

ハタラキバチ

ハタラキバチ
最近、休日出勤ばかりしてる。管理している物がすぐ壊れるので。まだお金が出るからまだいい。半日超えると振り替えになる。有休も満足に取れないのに。(まあ取ってますがw)休みなんかいらないのに。まあ、遠慮無しに振り替えは取って仕事溜まった分は超勤出すから関係ないんすけどね。

というわけで社会人は大変です。あと、来年度も同じ部署だと今のままだと仕事が2倍近くになる予定。そう、うちの人事は無能なんです。毎日超勤する覚悟はあるけど、不払い残業が出たら労基にかけこもうか。

早く春になりたいと思ってこの画像にしたんだけど、逆に春になるとどうなるんだろうという不安がある。過去を振り返ってもなんの得にもならんので今を突っ走るだけ。それでいいんです。貧乏暇なし。小人閑居して不善を為す。故にハタラキバチで働けども、自分のペースは意地で守ってみせる。

節分

節分
この前いったお泊り施設からパチリ。

昨日は節分でしたね。オニは外。福は内とな。
地域によっては、いろいろあるみたいです。オニを祭っている地域は、「オニは内。福も内。悪魔は外。」というらしいですし。新聞に書いてあったことですが、新潟の佐渡のある家では、昔先祖が村民に豆をぶつけられて困っていたオニを家にかくまい歓待したところ、その年の田植えをオニがやってくれたらしいです。ここでも、「オニは内。福も内。」というらしい。また、これも聞いた話ですが、かの有名な酒呑童子を退治した源頼光の子孫は、節分をしないとのこと。以下、多少wiki参照。
源頼光といえば、昔話で有名な金太郎を連れてこの鬼を退治したものと言われています。酒呑童子は諸説ありますが、ここ新潟の燕で生まれたとされており、同燕の国上寺に稚児として入ったとされています。この寺には故あって行ったことがありますが、それらしい史跡が残っていました。(この寺は密教であるので、和尚さんには法力があります。午前中にいくといろいろ見てくれます。)
また、酒呑童子は他の説では、ヤマタノオロチと人間との間に生まれたものとされます。ここでは、スサノオとの戦いに破れあとも落ち延び、出雲の国から近江へと逃げ、そこで子をなしたらしいです。前にもふれましたが、日本の征服王朝に敗れた出雲の国の人間がその後オニとして忌み嫌われたとも考えられます。神明に帰す上では、真偽のほどは分かりませんが、節分他呪術的な意味でそれが正しいのかはおのおの考えるべきことだと思います。

○追記
前に正月の門松のいわれを書きました。とある説では、使う竹は戦国時代で敗れた甲斐武田氏を表し、松は徳川幕府の徳川氏を表すとのこと。切られた竹はやはり墓を表すらしいです。三方原の戦いで惨敗した徳川家康は、後の長篠の戦いで雪辱をはらします。天下を取った徳川家康が庶民に広めた風習というわけですね。

念願のアイスソード(ry

念願のアイスソード(ry
仕事でピンチだったけどなんとか切り抜けられた。
良く思うが人生運だけで生きてる感じがする今日このごろ。
まあ、パナソニックの社長だった故・松下幸之助氏は、新入社員の面接で、運の良し悪しを聞いて悪いと答えた人は落としたらしいし。やっぱり運は重要なの。
確かに酒ばかり飲んで「わたしは実力はあったが運がなかった」と言うのが口癖のオヤジにはなりたくはないな。(どっちかというと酒も飲まないで人生踏んだりけったりなダメなお父さんでも言い訳しなければかっこいいと思う。)
まあ、こんな人間見捨てないでくれてありがとうございます神様。

続・映画アバターと謎の雪中酒のビン

続・映画アバターと謎の雪中酒のビン
綺麗に除雪された雪の壁になぜか酒のビンが… 前に泊まりにいった宿泊施設の駐車場にて。

以下、映画アバターで考えたこと。

映画では、科学者グループと企業と軍人のグループに分かれており、科学者グループが結果として善い方、企業軍人グループが悪い方に描かれていたが実際はどうなんだろう。

科学者グループは現地人に文字と言葉を教えて、意思疎通を図ったが、そのせいで後の世には文明を与えた方の国家に侵略したという事実が刻まれるだろう。教化されて独立を勝ち取った国家は、永遠と侵略された歴史を教科書に載せ子ども達に語るだろう。いわば両グループは一連托生。そもそもの接触がすでに後の破壊と混乱の芽をはらんでいたというのが事実だろう。そもそも、この星にアクセスした目的は資源収奪が目的であったのであろうから。

現実には、遠く何万光年離れた星に光速に近いスピードで移動する場合、船内で数年の時が経っていても、母星では数万年近い時が流れる。そのため、母星と連絡は不可能だし、帰ってくるころには、文化や下手をすると遺伝子レベルで別種になっている可能性もある。

アニメのマクロスみたいに船団を組んでそれこそ民族ごと移動するならわかるが、遠く離れた星の資源を収奪して母星に送るなんて考えは基本的にはナンセンスだ。

それに、民族ごと移動するということがあった場合、その理由は自分の星が住むに適さないとなったなど、どうしようも無い理由があるときである。そういう船団が長い航海の後、住める星を見つけ、その星に未開人が住んでいたらどうなるだろう。うまく共存できるだろうか。

主人公は、自分の足が悪く、ミッションが成功すれば母星に帰れば、自分の足
を治してもらえると思っていた。企業・軍人グループだって母星に帰って奪った資源で荒稼ぎしようと思っていた。

これらの理由は、収奪の理由となるだろうが、上にあるように母星に帰るということが不可能もしくは意味をなさない場合、自分の降り立った星はどこか遠くのよその星ではなくホームグラウンドである。その星に生きる人、生物、植物はいわば自分のもの自分を培うものであり、結局は自分にそのもの、そのためにこそ共存すべき者達である。

そうでなければ、その星の生き物をまったくに破壊をして、運んできた自分の星の植物、生物を住まわせるべきだろう。はるか古代のノアの箱舟のように。

一度、破壊された親交は元には戻らない。全てを根絶やしにするまでは。映画のセリフにもあったが、「一度、血で塗れた手は元には戻らない。」のだ。
侵略された記憶、侵略した記憶はどちらかの民族が滅びるまで永遠と語り継がれるだろう。あるいは美化されつつ。

ここ日の本の国でもかつてあった、サルタヒコとアメノウズメの甘いひと時も民族と民族の接点がもたらした仮初の安息の時。そうだからこそ尊いのであり、世代を超えて人の深層に残り続けるのかもしれない。

ロミオとジュリエットなど似たような物語は多い。人類に共通する悲劇である。果たして、異星人の間に恋は生まれるのだろうか。映画のようなシステム、または生まれ変わりのシステムがあれば可能かもしれない。そしてそれを司る何かがこの宇宙には存在する。あなたの魂の記憶の片隅にも、遥か昔のあの美しい星で過ごした瞬間が眠っているのかもしれない。そしてときおり夢で見る不思議な風景は遥か昔の記憶の残滓なのかもしれません。

以上、少し柄にもなくロマンティックに心躍ってみました。多少、コケ気味ですが。失敬そして謝々