夢の話

卒業式みたいな雰囲気
学生時代のかわいい子とお食事
ちょっと自慢げな気分。はぐれる。探す。

場面が変わる。設定は同じらしい。
車で走る。交差点。ガラクタのような門がある。工事中?
右に行こうとするが、まっすぐがいいと同乗者に言われる。

場面が変わる。
駅前。仕事場の知り合いあり。2人で駅の改札口から出てくる。
学生時代の知り合いの1人に声をかける。どうも知り合いみたいな雰囲気。
それは言わないでみたいなことを言っている。

場面が変わる。学生時代の1人と話す。
自分の仕事場に用事があって電話をかけたらうるかったみたいなことを
言ってた。ほっとけ。とりあえずあせって弁解をした。

終わり。

今日は4回の夢で1セットだったみたい。
明晰夢は無かった。けっこう長く寝たんだけど。

幽体離脱(15回目)

(どうも書いたものが消えてしまったみたい。)
おおまかなストーリー。池から車。車から降りる。
田んぼを工事中。真ん中に穴。設計ミス。
鉄橋を歩いてわたる。茶色いマヨネーズみたいな甘い香りのするゴミ。
渡ると祭り。浴衣。美女。友達。愚痴。
歩行者天国。大言壮語。


そうすると、多数の人々は、口々に願いを口にする。
英雄的な言葉を吐いた途端、体がジーンと振動する。
自分の言葉に感動しているのか。後から考えると少し滑稽だった。

場面が変わり、線路の上をどこかに向かって歩いている。
(まだ明晰夢状態)
左側はコンクリートの断崖で、下には配管の通った川になっていた。
道はどこまでも続き、どこに行くあてかも分からないが、先に何かあると
思い、飛ぶと楽かと思い、飛ぼうとしてみる。
だが、不思議なことに飛べず、体が下の砂利にみっともなく顔を打ち付けてしまった。
寝転がって上を見てみると、透き通った青空。一筋の雲がたなびいている。
無性に飛びたくなり、もう一度、飛んでみる。
しかし、また同じことの繰り返しだった。

明晰夢状態でできることがただ歩くだけというのもおもしろくないものである。
ふと、断崖下の川に飛び降りて、幽体離脱を狙おうと考える。

そう思ったら後は行動に移すのみ。躊躇なく飛び出す。
少しの間、落ちる感覚があり、夢から覚めた。
覚めた瞬間にそのままボッキング法で離脱成功。

離脱の後、大急ぎで隣の部屋に移動を試みる。
前の離脱から時間が経ったせいなのか、ものすごく体に引き寄せられる引力を感じる。
そのすさまじい引力と拮抗し、途中で動けなくなったりしたが、
なんとか引き戸に手を掛け、隣の部屋に移動することに成功する。

もう引力は感じない。この前、長期離脱のコツとして鏡を見る
(鏡という字から我(ガ)を抜くと、神(カミ)になるらしい)
と良いと2chでコテハンが言っていたので、すぐさま鏡を見てみる。
自分の顔が移った。少し、目が優しい気がする。
現実は左右非対称な目をしている。左目が冷たく見え、右目が優しい感じだ。
ということは、どちらも右目みたいに写っていたということだろう。
Tシャツ姿で、そのTシャツは昔それも15年くらい前に持っていたTシャツだ。
懐かしい。薄水色のTシャツで胸の中央に確か海のような絵がプリントされている。

そのまま自分の顔を見てみると、戻る感覚があった。
時間にして1〜2分くらいの今回の離脱は終わった。


少し前から夢日記をつけ始めた。やはりかなりの効果があるようだ。
今回は、どうも夢がずっと続いているみたいだ。
(覚醒度に応じて、場面が変わる。どうも起きてまた、直近みた夢の
近くにテレポートしているみたいだ。ただ、時間が変わったり、
場所も変わったり、かなり様変わりしている感じだった。)
覚醒度が低いため、はっきりしないが、かなりの時間だと思う。

この時間が全部、明晰夢または離脱だったら長期離脱になるのではと思った。

後、今回の大判ぶるまいで、力を失ったかもしれないと起きて
回想しながら思った。次の夢でまた力が残っているか確認しておこうと思う。
(飛んだり、魔法を使ったりのこと)

最後に起き掛けに池の写真やコイの写真など様々なイメージのスライドショーを
みている夢を見た。
現実でも、コイの絵や風景写真をいくつも探す体験をしたので、
超近未来予知の類だと思う。

久しぶりに明晰夢

今日の夢は明晰夢

というか明晰夢のところしか覚えていない。
どこかの高そうなレストラン?にいた。
中央が吹き抜けで2階部分から下が見下ろせる構造になっている。
美女?3人と階段を登って2階へ。
その後、ナニを思ったのか暴走。女の人をひどい目に合わせてしまう。
逃げようとした残りの2人に「動くな」と魔法をかけてその場にいさせる。

相手があまりに泣くのでいたたまれない気持ちになったところで起きた。

その後、古ぼけた部屋にカムバック。典型的な明晰夢。
食べ物を食うと明晰度があがるとのことだったので、なぜかラムネを取り出し、
ぼりぼり食べる。ちゃんと味はした。
しかし、周りを見渡しても、少し砂嵐がかかったテレビの画面(注 アナログ時代)
みたいになっている。効果あるのか?
パートナーを呼んでみたくて、「パートナー出て来い」と連呼してみるが反応なし。
あまりにおもしろくないので、窓から外に出て飛んでみようと思い立つ。
数歩歩いたところで起きた。
朝起きたら頭が痛かった。寝すぎでも無いと思うが。(夜11時くらいに寝たので。)

2chの離脱スレで長期離脱者が降臨していた。
3ヶ月とかザラらしい。うらやましい。ああとてもうらやましい。
入眠法にチャレンジしたい。意識状態を覚えることができれば、
数十秒で離脱できるらしい。数数え法を試してもいつのまにか意識が途切れている。
やる気の問題?それとも、修行が足りないのか?
なさけないと思う。そこの君だよキミ。

夢の話ととある長考

夢の話

砂漠の荒野を歩いている。その前は忘れた。
荒野に線路がある。途中からトンネルになっていた。
列車が2両衝突する。

新しい方が強く相手を押し返していく。

その後、熊が襲ってくる。巨大な熊だ。
石組みまたはコンクリート製の鳥居のような構造物に
よじ登る。なんとか逃げられたか油断して落とされ食われたかは分からない。

場面が変わる。洪水だ。田んぼの畦を小川のような水が流れる。
それとともに人も大勢流されている。それこそ大勢。災厄から避難しているようにも
見える。
自分は、その流れに逆らい、水の流れと反対側に歩いていく。
畑の中を、荒らしてしまうことを気にしながら畝沿いを歩いていく。
その先には、大きな木組みの仏閣があった。
門のような前にお侍が見える。

場面が変わり、晴れた照りつける太陽の下、畑の中でおじいさんとおばあさんが
農作業をしている。夕方だろうか。それとも午前中だろうか。
太陽が低い位置にある。おじいさんは白いネットの影におり、
多少涼しそうだ。おばあさんは、頭に手ぬぐいを巻いている。
少し暑くないか気になる。
良く晴れたとても良い日であった。



昨日の悲鳴伝の感想の続き

組織について。いや、ヤバイ組織のことではなくて社会活動一般のことです。
善の理念を持ち、活動する団体が法人として、その正確を帯びて、
その構成員が交代しても、活動し続ける場合、なぜその団体の活動は、
少なからず悪の性質を帯びるのか。

自分も社会で働くものとして、考えさせられます。
まあ、お金という対価をもらうことによって、多少の踏ん切りというか、
妥協が成立するわけです。悪を行うことについて。
悪という定義づけも人によって変化します。
だから、ある人にとっては悪であっても、ある人にとってはそうではないということも
ありえます。
一般に、企業活動など(どこの団体でもそうだと思うのですが)自分の活動を
無理やり正当化します。悪だと認めて活動をするなど、子ども向けのコンテンツでしか
ありえないでしょう。(ただ自分で悪の組織といっていることは希でしょうが。)
その構成員にとっても、自分の属する団体の活動は、たぶん精神衛生上の
問題だと思うのですが、正当化する傾向があると思います。

問題は、その構成員がその団体の帯びる性質というか価値観と違うそれを
もってその行動をつぶさに観察すると、正しくない行動を自分が行っている
と感じることがあることです。

こういう場合、自分がその団体の活動を自分の価値観によって改めようと
すると、たいていは抵抗にあいます。その団体の今まで続けてきた文化というか
一貫性に反するからです。ただ、実際にその間違った活動で、
実害が出ているのであれば、直さなければその団体に結局は害が及びます。

であるからして、それに対抗する措置として、いくつか仕組みがあると思う。
仕事に責任を持たせ、その責任に応じて給料を余計に払い、
個人に敬意を払うこともその一つです。
責任が増すほどに、間違った活動で生じる害に責任を負います。
つまり、下手をすると、職を失ったり、名誉を失ったりします。
よって、その害を取り除くモチベーションが生まれる。

もう一つの仕組みは、法律や企業の決まりごと。
善を行うようあらかじめ規制することで、道を外れることを阻止する仕組みです。

ゆえに超法規的団体については、際限なく悪に陥る危険性があります。
本作の地球撲滅軍もその一つでしょう。

最初に挙げた仕組みはあくまでその団体が受けうる害について阻止する
仕組みなので、周囲が受ける害は考慮する必要がないというのもポイントだと思います。

ぐだぐだ考察しましたが、自分のやっている活動が間違っていると分かったうえで、
給料をもらうために働くことは苦痛です。
この忍ぶという行為によって、自分が磨かれれば、それはそれでいいことだと思います。
しかし、社会には害であることには変わりません。
このへんの悲哀と矛盾が、この本には多く語られていると思います。

目にに見えない、徳などの概念を考えないで、周囲に害を撒き散らす自分を
容認すること。そのためには、感情を殺すしかないと思います。
そうやって、どれだけ多くの大人が、無感動・無表情・冷酷になっているかは
想像するだけで恐ろしい。活動そのものが善であると信じなければ、
間違った行動などありえないと思うことが出来なければ、
人は、人の営みそのものが悪だと感じるに至るでしょう。

はたしてそれは正しいのか?それとも、全ては善なのか?
一つだけ確かなことは、自分の行動と人の行動全てが善だと知るためには、また
自分の行動が悪だと知らなければならないという、一見、矛盾した理解が必要だということです。
いや、自分だけが正しいと考える狂信者は多いというかもしれません。
ただし、これは違う。なぜなら、その狂信者は自分以外の相反する者の行動は悪だと理解するからです。
決して、人の営み全てが悪だと感じることはない。自分(だけ)が正しいと感じることにおいて。

この人の営みに全てに絶望し、全てを悪だと感じなければ、
全ての者の行動が善だと感じることはないのです。
正に善と悪とは表裏一体であると思います。

その認識の逆転がなされるのは、人の営みに善をみつけたときであると思います。
一部が、善であり、一部が悪であることはありえない。この理解に達することによって、
この偉大なる価値の逆転が為される。
そう思います。

これこそが救済、赦しではないでしょうか。
自分はそう思います。
この認識によって、全てのものは救われるでしょう。
ただそのために、人の世が救われることはありえない。そうも感じます。
あくまで救われるのは自分。その理解に達した自分。
悪に満ちたがこの世であるからこそ、この理解がある。
そう、この世は何も変わらない。変わるのは自分だけ。ただ、自分が変われば、
それでいいのです。周囲も自分の投影であるのだから。全てはワンネスに回帰します。

悲鳴伝

ライトノベルを始めて読んだ。
西尾維新の悲鳴伝。
400Pくらいあって1Pが2段なので
けっこうな分量だったが2日で読んだ。

なんと地球が悪で主人公が地球の手先の人間と戦う
という奇想天外なストーリー。
敵側があきらかに善の側だという。

オカルトで見ると、しっかりレプティリアン、黙示録などの
モチーフがおさえられている。
物語の主題は感情。感情ゆえに人は悪となる。
主人公は感情がない人間。ゆえに特別な存在となっている。

西尾さんは分かっているか知らないが、本当にこのような組織はあると思う。
能力者を狙う組織として。細かいところまでは知らない。
ただ、善というものが、人類に優しいかどうかというのは、
また別なことなのだろうと思う。

人間を超えるということは人のこのような感情を
排したものなのだろうか。それとも、両立ができるのだろうか。
いや、この認識自体が浅はかかもしれない。
その置かれた立場がことなれば、人は違う判断をし、
そしてその判断の違いは、両者を徹底的に断絶するからだ。

片方が、片方をどう思うかは片方にその権限がない。
だから、秘密のベールに包んでおくことが、いわゆる最良であることだと思う。

神は人の自由意志は捻じ曲げない。認識は捻じ曲げるかもしれないが。
それが神が人を自分に似せて作り、天使よりも上に置いた理由なのだと思う。
人は悪を許されている。

善悪の次元においてそうなのだと私はこの小説を読んで感じることができた。

今日の夢と仕事の裏テクニック(2)

○今日の夢

おもしろかったので憶えていました。

巨大な恐竜2頭が戦っていた。
離れていたところでその様子をみている。
ふとその恐竜が今度はこちらに向かってくる。
その後から続々と何か巨大なものが向かってくる。

自分はアメコミに出てきそうな体格のいい白人軍人の設定のようだ。
その白人は肩に多連装ロケット弾を抱えており、
それを恐竜に発射する。どうも核ミサイルという設定らしい。

次々と撃退していくが、たまにミサイルが届かなくて明後日の方向に
飛んでしまう。向かってくる恐竜も、いつのまにか「進撃の巨人」
に出てくるような巨人に変わっている。巨人はカブトムシみたいな
光沢のある真っ黒な外殻をしており、ものすごいスピードでこちらに走ってくる。
たまに撃ちもらしで急速にこちらに走ってくる個体があり、恐れを感じ、
ミサイルを連発する。巨人に迫られ、足元をなんとかかいくぐった。
離れてすぐ近くでミサイルを撃ったが撃っているのは核ミサイル。自分も
大丈夫なのか心配になる。また離れてしばらくして撃退できたようだ。

場面は変わる。建物の入り口だ。高層建築みたいだ。
子ども(たぶん自分の子どもが成長した姿)が外から中に入ってくる。
白い埃がそこら中にかかっている。

「風の谷のナウシカ」みたいな世界観だ。
どうも放射能に汚染された世界らしい。屋上に出た。
何かにおびえ、また屋上の出入り口から
急いで建物の中に入る。その出入口はどういう仕組みになっているか
分からないが、水を通り抜ける仕組みになっていた。

その後、建物の中で生活する様子を夢でみた。
義理の母といっしょに洗濯機をまわしていた。


この夢の解釈をしてみる。
恐竜2頭は、ヨハネの黙示録の獣のよう。
次々と襲ってくる巨人は、角や頭で表現された王たちだろうか。
自分が踏み潰されるという恐怖から核ミサイルが次々と発射され、
関係のない地域にまで被害が及ぶ。
その後、世界は放射能で汚染された世界となる。
残った人々は、水(放射線防護効果が高い)で外部を
遮断した生活を送る。なんとなく想像してみたが嫌な世界だ。


○仕事の裏テクニック(2)

また、仕事のコツの話。

最近、嶋津良智氏の『怒らない技術』という本が有名なようだ。
自分は、逆に人を怒らせることに着眼したい。
自分も試行錯誤で仕事をしながら、よく怒りもしたし怒らせもした。
そこである中間管理職から言われたことを覚えている。
「怒った方が負けだ。」
最初は、上司と部下の関係なら、上司を怒らせても自分が勝つというのは
どうも理解できなかった。
でも、仕事をするうちに分かったことがある。
怒ってした仕事の指示は、その仕事が後で何か悪い結果をもたらしたとき、
部下にまったく仕事の責任を負わせることができないということに気付いたのだ。

そもそも部下に仕事の責任を押し付けるというのは、責任をとるのが上司の仕事なのだから
根本から間違ってる。だがその間違ったことが横行しているのが日本の社会だ。
逆に、責任を取れば、賞賛されるような世の中である。そのため、社会の普通が間違っていることを
前提とする必要がある。


人を怒ると、その怒った人は、怒る人だとレッテルを貼られてしまう。
また、部下の同意を得ず、その上司単独の考えで無理やり指示したという外形がとられる。
ここが要点だ。
その仕事はその上司が単独で決めたことということになるからである。
これでは、部下に責任を押し付けるのは不可能になってしまう。

では、部下の立場からすれば戦略はどうか。
上司を怒らせれば、心象を悪くするため、普段は逆効果である。
ただ、重要な仕事となってくると話が違ってくる。
責任を負わされ、自分がクビになっては元もこうもないからである。

そこでときには、上司をわざと怒らせるテクニックが必要となってくる。
ただ、怒らせる対象は中間管理職あたりにとどめておくことが必要である。

重要でヤバイ仕事ほど中間管理職は部下にやらせ、自分はノータッチを
したがる。このようなときにはかなり注意が必要だ。
どうにかして仕事を意思決定をさせ、自分で仕事の決定をしないようにする。
ここでわざと怒らせれば、その仕事に関与したという外形をとらせることができ、
非常に後々効いて来る。上司が無関心を装いはじめたら、早いうちに
手を打った方がいい。ここでわざと怒らせるのだ。

細かい挑発的言動やそれに類する言動が必要だが、これは
自分で体得するしかないと思う。また、考えなくてもできるくらいではないと、
そもそも「資質なし」だろう。後は気合と気概だ。これが無いと話にならない。

頭から

子どもから聞いたこと。
なんか憑いてるといってた、保育園の先生の1人。
聞くと、長い赤い棒みたいなのが頭から出ていて揺れているらしい。

なんじゃろな?

今日は久しぶりに緊迫した仕事だった。
終業30分前に社長指示で書類作成。締め切りは、30分後。
係であーでもないこーでもないといいながら一生懸命に作った。

終わったあと、たまにはこんな緊張感のある仕事もいいねとつぶやいたら、
上司はおれは毎日、こんなだと言っていた。
職責でしょと返して終わり。返り際、ゆっくり休んでくださいと言っておいた。
普通、言う方が逆だと思った。


終わり。

仕事に役立つこと

今日も書くことがあまり無いのでちょっとした仕事の裏テクニック。
ただし、自分の評価は下がります。
自分のことはどうでもよく、いい仕事をしたいときの裏の手です。多用禁止。

・自分の案を絶対に通したいとき

絶対に通したいということがあるとき。
普通に無理だろうと思うレベルで4、5つわざと突っ込みどころを用意して
案を作る。予想どおり突っ込まれたら、切ってもいいところだけをピックアップ(誘導)して
かなり強引に攻防する。(絶対死守のことよりも、突っ込まれやすいことを用意するのがコツ)
向こうの神経が磨り減ったところで(当然自分も磨り減る)、
最後の絶対死守したいところに話が及ぶ前に、相手をダウンさせる。

最後に捨て台詞をはかれるくらいで上等。


まだいろいろあると思うけど。
何も書くことがないときに書こうかなと思う。

とりあえずノルマ

今日は久しぶりにやることない。
書くこともない。こういうときに寝ると離脱できる気がする。
不思議。そう不思議。

昨日はたくさんお水を飲んだら、途中で二回もおきてトイレにいきました。
この前のはなんだったんだろうね。

今日はいろいろ

今日の夢

更新一日さぼり。
今日は子どもの七五三の前撮りに行ってきた。
昔はドレスで七五三?という感じだったと思うのだが、
ドレスも中々良かった。最初は反対したのだがw

ただ、3万円超えた。3冊で。多少、時期的に安くて割引のようなものがあったが。
ひいばあちゃんの分は、さすがに母上に出してもらった。
撮り方のシステムは半ば詐欺のようなシステム。
最初にドレスはどうします?と聞かれる。3,000円安いでしょ。みたいに。

それで決めると、バンバン写真を撮られる。いろいろ小道具を持たされたり、
場所を変えたり。和装とドレスで×2だ。
そして、パパといっしょに撮るのはタダですといわれる。


最後の最後に、料金の説明を詳しくされる。撮った写真を選びながら。
最初に、アルバム形式の一番高い奴を説明される。こちらは、10〜18カットで
作れるアルバムです。みたいに。そのアルバムは製本費で8000円近くかかり、
写真代はでかいので3600?円だったっけかな。かかる。一枚です。
中くらいのは2500円くらいかかる。
中くらいので最低の10カットで作ったとしても、一冊で3万円を超える。高すぎる。

それで、ここで詐欺システム。選んだ写真だけ電子データをもらえると言われる。
先ほどの和装とドレスを選んだおかげで、枚数がものすごくある。
撮った場所は小道具ごとにいい写真といらない写真を選んでいく。
当然、いちど良いと判断した写真が最後に何枚も残る。
ここで、たしか写真がたしか20枚くらいあった。
もちろんおれとのツーショットは問答無用でボツにされた。
それでも残り18枚。
一冊辺りが安い、見開き1枚3800円の六つ切りと2500円の中型2枚にした。
製本費を含んでこれで1冊12000円くらいだったはず。
これでも3枚しか消化できてない。1冊だけなら、残り15枚はボツになる。
それで、親用に2冊でそれぞれ違う写真を選ぶ 3枚×2冊追加。計9枚。
最後に、ひいばあちゃん用(2人いる)で、安いちっちゃな見開きの額縁用で2×2枚で4枚確保。
これで計13枚だった。残り5枚はボツ。

なんとも悩ましいシステム。パパママの心情をうまく利用した詐欺的システムだ。
ここで最初に和装だけにしていたら、ここまで悩まなかったと思う。
お金もかからない。でも、結果的に後で撮ったドレスの方が、子どもの緊張が撮れて
いい写真が撮れた。カメラマンがうまかったのもあると思う。


○夢の話。
津浪の夢をみた。ものすごく高い堤防の上で、過去にここまで水がきたんですみたいな。
ただ、今日、ネットで津浪のYOUTUBEをみたので、たぶんこれの近々未来予知夢だと思う。
そのあと、未来の自分の家かは分からんが、砂利引きの周りは田んぼだらけのボロい借家風の一階建ての家をみた。
まあ、遠い未来、住むとしたらこんな家だと思う。
それで、夢から覚めたのだが、何もすることもないので、また夢をみることにした。
ただ、かなり覚醒度が高く、心像入心法が使えない。集中していると、目の前に、丸く視界が開け、
さっきの夢の情景が見え出した。覚醒度が高すぎ、自動的に夢の中に入れなかったのだと思う。
また、みえなくなり、また見えを、数回繰り返した。

ここで、エイヤーと無理やり入ったら、これこそ本当の意味での心像入心法だったと思う。
日ごろの二度寝で、同じ夢をみるのは、これを自動でやっているのだと思う。

やっぱり意識的に、離脱や覚醒夢をみるというのは、とても重要なことだと思う。
モチベーションが一番、離脱には重要だと思うが、自分もその通りだと思う。
この世界から、抜け出し、多次元世界へのポータルを築くことは、容易ではない。
全て、本心からのやる気が必要である。この偽りの世界から飛び出したい!的な。

それには、有る程度は、この世界に幻滅すべきだし、多次元世界への大航海時代を自分に期すことが必要である。
しかし、それだけの勇気を人は持つことができるだろうか?
このぬるく誘惑に満ちた世界に浸りきるだけで、生涯を費やすのが大多数であると思う。
ここで、目に見えず、何も現世的利益もつかめず、下手すれば、変人と言われるようなことに、
生涯の情熱を入れ込むことのできる人間が一体どれだけいるのだろうか?
世間的には、他に選択肢のないニートくらいしかいないだろうと思う。
実際、2chの離脱スレには、このような人間も多くいると思う。
だが、実際に、この現世的利益から、遠く離れているだけで、これらニートは、
現世における、修練者といえるのではないか。離脱を修練と捉えればだが。
本人には、そのような意識が無くても、実際に、離脱世界に習熟し、
あげく悟りの境地まで得たならば、それはニートではなく、大魔術師といっても過言ではないと思う。
(離脱世界の薄れた意識の中で、欲望に耐え、自分の意識を確立し、思うがままに行動し、
体を完全に操作し、思う時間を離脱でき、離脱世界における不死を得、その世界で得た超上の理を現世に適用し、
現世すら超える。これが私の目指す修練の道である。)

誰かが、童貞を20年か30年続けると、魔法使いになれるといったが、あながち間違いでも無いと思う。
もし、このような過程で、誰に誇ることもなく、大魔法使いになるような、稀有の天才がいたとしたら、
私は、そのような人間を誰にもまして尊敬するだろう。
世間からは、ニートと蔑まれても、本質的に、優れた人間ならば、世間での肩書きなど私は一向に気にしない。
むしろ、私のような人間から見れば、世間で現世的な成功や情熱や野望をもっている人間には、
あまり関心がない。まあ、良くやるなあとは思うが。まったく自分のような人間とは求めているベクトルの向きが違う
のである。確かに、現世的な努力の方向が、人を救ったり、人を啓発したり、そういう努力は多少評価する。
だが、本当の勇者は、世間で活躍し、祭り上げられ、偶像化されるような、ゲームのような勇者ではないと思う。

実際に私の悲願が達成されるかは分からないが、この腐った世を本当に変えきるには、
全ての万物を操る、根源的な力を身につけ、事象をも操作し、運命すらカルマすらを思い通りにするような、
神の能力を有しなければどうにもならないのであるのは、明白だからである。

実際にそのような能力を有したところで、この世を変えようと思うかはまた別問題ですがね。
でも、実際に聖書に記述されているようなメシアはそのような人間だと思う。
私がメシアになろうなどとは言ってござらぬ。私はそのような超上の理を得たとして、
この世を救うなどと大それたことはおそらく行う気はないからである。間違いなく、だれかを助けようなどとは思ってはやらない。
ただ、この腐りきった世界をみて、変えられぬ自分が情けないのである。
だから、私はこのような神の理を得たら、このような動機で変えるのであると思う。
そこに障害が無い境地になれば、ただ行動のみがあり、そこに感慨は無いだろう。そこにあるのは、
超然とした自己のみであるだろう。

○読書のこと
飯山一郎さんの 横田めぐみさんと金正恩 という本を、職場の人から借りてきた。
この人は、船井幸雄系列の人である。
私も別ソースで知った情報だが、金正恩さんは、横田めぐみさんと金正日の子どもであるという。
私はすんなりと理解できた。拉致被害者は今こそおとなしいが、おそらく中身は北朝鮮よりの
思考であるはずである。別にそれ自体がおかしいとかいいとかいうことではない。
横田めぐみさんも、運命を受け入れ、別に向こうで幸せであったとしてもまったくおかしくない。

ここからは妄想。おそらく天武天皇が日本の初代天皇だと思う。
その前の系譜は、藤原氏の歴史改ざんの影響であると思う。
物部氏(国津神の系譜)の存在は、歴史の闇に葬り去られた。
その前の天皇は、いたとしても日本国内ではなく、朝鮮半島に由来があるだろう。
大海人皇子は朝鮮(百済)由来だろう。

神道には必ずウラがある。八百万の神と相対して一神教がある。
日本のウラは北朝鮮である。ウラの表は逆転する。日本は滅び、今の国民は、
未来、北朝鮮の地に流れるだろう。ユダヤの血は、日本にある。それは上の系統とは別である。
日本を支配したのは、元々が日本人でない(今でも日本人は支配していないと思う。)。
というか日本という国そのものが、日本に旧来からいた土着民の国ではない。
日本とは、混ざった国である。何かを隠す国である。日の光の国である。

別にいいとか悪いとかではない。国とか民族とかは、元々形がないものである。
そこにいた人々が、生活をし、民族となり、他の民族と戦い、征服し、征服され、
そういうだけである。
これが自分だと言えば、違うものは自分ではなくなる。
自分が誤りだと気付けば、他のものに対しても、受け入れる余地が生まれる。
かたくなに自分を信じるものには、何ものも受け入れることができない。
人は負ければ学ぶ。強いのは神が強いからだ。人は何の力も有していない。
借りた力を自分だと思う人間を、神は高みから笑っているだろう。褒美を片方の手で渡しながら、
来るべき時がきたら、もう片方の手でその人間の命を奪うのだ。


○今日の疑問

幽体離脱がしたくて、大量の水を寝る前に飲んだのだが、
不思議なことに起きた後にも、ほとんど小水が出なかった。
いったいどういうことか?
不思議である。