アルカトラズも4回目。

アルカトラズも4回目。
正直、あまり興味がないので見るのが疲れる。
どうも、思想的にイルミナティ関係のインサイダー情報も入っている気がしてきた。
まあ、他の映画やなんやらも多少なりとも混入しているみたいですけどね。

どうも、刑務所長の発言がキーらしい。日本語訳時の変調のせいもあるんだろうが、
オリジナルの文章も少し、不思議な意味回しですね。



「ここの装飾品は
地球を回って集めた そうだろう?
E・Bには忘れられない誕生日を与えてやろう」

装飾品=離脱者のこと?神に集められた?
または、離脱者が経験を積むということだろうか。
忘れられない誕生日とは、自分の原点を再確認することになるということだろうか。


「どんな費用も重大な日に較べればささやかなものだ」

単に、修養の結果、得られるものに較べれば努力は取るに足らないといっているのか、
終末論的な意味なのか。後者ならイルミナティ的ではある。


「ここの動物は頭の配線が悪い
本能 衝動
理性からの距離は月ほど遠い」


離脱者の脳内配線(霊的レベルでの変容)の過程のことか?
自分が離脱世界でサルのように女を襲うことをかんがみると、
とても耳が痛い。自分の読み方としては、囚人=離脱者(修行者)で決定だと思う。


「内部感情は2番目に重要です
逸脱行動を起こすのは
配線と表現された思い出の中にあります。
本能と衝動を起こす明確な衝動的な記憶が
衝撃的な記憶を取り除き
なだめる物を置ければ
振る舞いの習性が出来るかも知れません。」


自分の中に形成された、意識の動きの癖が、常世界でその人間の本質と
とられるように、霊的世界においても、(私の理解では低いレベルでは)
同様の傾向があると思っている。
または、離脱時のモチベーションのことをいっているのかもしれない。
気付いたが、動機付けと意欲が無いと、離脱は成功しないようである。
お願いをすると、叶うくらいの感覚でも間違いとはいえないのかもしれない。
見方が一方的かもしれないが、自らのうちにある獣性を神的なものと有る意味、取替えていく。
そうすることで、自分の精神性及び肉体すらをも変容が可能である。


「正に配線を直す
記憶を取り除く? 魔法のようだ
原始人の火に疑問が挟めないように
王立大学医学ジャーナルへの
Dr センガブタのネズミでの知見データは見込みを示した。
私自身もネズミを使う。
縫い合わせが主だが チーズを与えれば
彼らの家に持ち帰る」


言い方をそのままとれば、イルミナティ的だ。ウィングメーカー情報によると、
すでにそのような技術がゼータレティクルとよばれるグレイ系異星人から供与されおり、
組織統制のために実施されているらしい。

記憶を取り除くと、取り替える、意識を変容させる。
見方によって全く180度、悪魔的にもなりえるし、神的にもなる。
一見、悪魔的な情報の裏にも、神の眼の光っている。
3行目。どんな劣悪な人間をも、変容の可能性はある。はしごはある。
ネズミ。これは、現在の人間以前に霊的レベルの閾値を脱した、ネズミに似た
生き物のことを言っているのか。(詳しくは、3129年から1990年に固着、定住した◆08zYKQHN.o

氏のレスまとめ一覧 でググルと良い。)
縫い合わせとは人間の深層心理上のバックアップのことを言っているのかもしれない。
彼らは一方的な奉仕者ではない。こちらから得る物を得れば、自らのために
自らの家(魂のネットワーク)の改築に使うことができる。


「この祝いの席で 心をひきつける
話をしよう その男は 筆使いで仲間の男性を雄大に描く
夜のキャンパスよりも素晴らしく しかしながら
そのような賞賛を受ける権利は有ると思う。
E・Bに 法の下の偉大なものは ペンは剣より偉大である
そして私達は そんな傲慢な理想の例外を扱う
この壁の向こうの現実の目撃者となる
私は君の考えで船を進ませる方法を信じてきた
そして影響力も大きい
ありがとうございます。 記憶にとどめます。
ああ、なんてことだ!(コーヒーをかけられる)
誤りは誰にでも有る。
その手をどけろ。」


イメージ力は離脱には最重要だ。離脱世界の情景は、現実のもののそれを
遥かにしのぐクオリティを持つ。その能力が全て個人の物理的な脳内にあるとは
自分は思わない。自分内部への傾向(内向性)が道を開く。
世間の評価、(外向性への評価)とはアベコベになっていることにも注意したい。
人は路傍の石ころを尊ばない。我々は人の不必要なものを必要とする。
何も路傍に転がっているものは、石ころのみではない。路傍の花に時間をかけ
その全存在をもって、共感すること、これもまた、人 間 存 在 の 自 由 である。
その行為は、賞賛されるとここで言っている。その主体がこの広い多次元世界には
はっきり存在するのだ。我々がそうであるように。

5行目。法の下、つまり現実世界において、武力よりも情報が重要である。
ここに価値観の転倒がある。また、この傲慢(理想とは程遠い現実世界)の外に
ある、我々、壁(自分の内奥)の内側の者達についても、同様のことがいえるのだろう。
この意味は重要である。離脱後の世界で見るものの背後にあるもの。これこそが重要である。
何年、その世界に身を置こうがこの背後のものに触れることが出来なければ、私は満足しない。

8行目。上位の存在が私達下位(あえてこういわせて欲しい)の存在のやり方を
信じる(その自主性に任せる)といっておられる。そしてその影響力を行使できることをも
認めている。この意味を、深い感謝の念をもって受け止めねばならない。
自らの存在に刻み付けるのだ。その痛みを常に感じることができなければ、
いつまで経っても衝撃は訪れない。しかし、我々はすぐにそれを忘れる。
人に(またそうでなくても)つばを吐きかければ、たとえそれが、物理的な何かですら
なくても、簡単に激情する。恩寵は忘れられる。(失われるのではない。忘れたのだ。)
我々は、常にこのことを第一のものと留めなければならない。鋭利なフックで
自らの胸をえぐるのだ。その痛みを忘れないように。
だが、安心するがいい。たとえ我々が忘れようと、
存在は(自らは)痛みをもってなんども教えてくれるだろう。


「自分のものでは無い物を持っているようだ
何のことか分かりません。
我々は簡単な方法か困難な方法でできる。
何のためにあるのかいっていただければ」


そうだ。我々は自分で無い物をもっている。常世界の人間は
我々のことを目にとめないが、(この深い意味を知るがよい。)
分かろうが自覚せずとも、選択は常にある。だが、水が高いところから
低いところに流れるように、時機をみて自分の内奥に問いかけ、行動すれば、
影響は最小限にとどめられる。水のように影響を受けないことも原理的には
可能である。我々はこのところのものを目指すこととする。


「何処へ連れて行くつもりですか。
友人のところだ。君の宮殿クーデーターは目をひいた。
特定の地下の訪問者には そして交渉を望んでいる。
君の将来が非常に明るくなった。 遠慮するな。」


イルミナティ的である。また、その反対のものも見ることができる。
我々は弓を引く。そして気をひかれる。連れて行かれる。
地下(内奥)は、交流を望んでいる。門を叩けば開かれる。
自らの門の先が空っぽということはない。我々の胸に聞く限りは。
将来に得るべきものは得るべきだ。私達はえてして得ることを望まないものである。
それは、明るさと同時に暗さも得ることになるからだ。
そして、そうでないことも得ることができるのだ。

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